訃報

2016年2月17日 (水曜日)

私事ですが、、

2月12日未明に実家を受け継いでいた長兄が死去し
14日に葬儀が滞りなく終わりました。
ここに生前の兄の御厚情に感謝します。

本来はまだ忌中ですが。。
ブログを来週から始めようかと思ってます。

兄は俺と9歳離れていまして順番と言えば順番ですが
闘病ゆえの結果ですから仕方が無い。
家族の話では本人の希望で
亡くなる2日前に家族旅行をしたいと言い
一泊旅行に行って来たそうです。
家族にとって思い出が残ってよかったなぁと思ってます。

死期を悟ったのか判らぬが帰宅後、
それまで堪えていた激痛が耐えられなかったのか
夜半に救急車で病院へ未明にそのまま息を引き取りました。

俺の思い出、兄は恐ろしい兄でした。
歳が離れているので俺は何時も小僧扱いで
家に何かの行事があっても知らず仕舞いも多々あり
末っ子の俺は仕方が無いと思ってた。

まぁ俺が生まれてから子守をさせられたと文句タラタラ
そして空手2段の腕前で泥棒を捕まえたし
俺が何か言えば説教とガッツンの拳固が飛んでくるし
それが俺がツレと結婚すればなくなるのかと思いきや

結婚してからもまぁ何が癇に障るのか
呼び出されて説教を喰らいまして。
も~こんな奴死んでしまえ~と思いました。
だから兄が死んでホッとしている自分もいるのでして
あまり悲しくないのも事実であるが

兄弟の忌中30日がちょいと俺は重いから
10日に短縮して
当ブログを来週から始めたいと思います。

尚、今回のみコメントの返信をしませんの悪しからず


2015年2月19日 (木曜日)

昨日、俺の親友の親父逝く

小学校から親友の親父が昨日逝く。
94歳だった。朝、家族と一緒に御飯を食べたてから
自室に戻り、そのまま逝ってしまったという。
先月の14日に会ったときは庭の手入れをしていた
元気な様子だった。
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この親父は俺にとって革のことを色々教えてくれた方
現役の頃は革袋物業を営み何人かの職人を従い
バッグやカバン、ランドセルをつくっていたなぁ~
この親父がいなかったら革の作品は作らなかっただろう
*****
革をたくさん頂いたし、、
これも・・・なんて言ったら、、俺はまだ作ると言ってくれなかった
当時、92歳、、あれから2年めっきり活動が鈍くなったが
それでも夜遅く自分の作業場へ行き
何かしら作っていたと言う。
頑固一徹な方だった。
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そんな時に何を思ったのか自分が使っていたサイフを空けて
「これ!使いやすいぞ」と言いながらオーストリッチのサイフをくれた。
同時に竹べらも、、これも使いやすいといわれてね。
どちらも使いやすいぜ、、それがこいつ
Photo_4

竹べらは使いやすいので今も使用しているが
サイフは勿体無くて大事な時しか使えぬ。
俺の作る物は親父のものとは天と地の差が有ったが
一度だけ、俺の作った物を褒めてくれたこと嬉しかった。
もう、、革の事を聞く事も出来ぬのが残念だ。

合掌!

2014年10月16日 (木曜日)

悲しい話はしたくないけれども

一昨日の夜に広島の友から電話があり
またこちらへ来ているとの話かなと思ったら
訃報の電話に、、話の内容が信じられなかった。
それは陶芸家 宗像氏の訃報であった。
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氏は俺にとって兄貴的存在であり
知り合ってから俺の兄貴と高校が同級で
その事を話したら「あ~あいつの弟か?」
それからさらに親近感が沸いた。
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時々居宅に訪問すると飯食べていけとか
これは「美味いぞ~食えよ」とか、、今、何作ってる?
色々と物づくりにヒントを与えてくれたり
方法も教えてくれたり、普通では手に入らぬ材料を
気前よく、ほい!とくれたりと
また、ボーリングに誘ってくれたりしてくれた。
いつも俺のことを気に掛けてくれていました。
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今、革のバッグを作ってると言ったら
真っ先に、、「俺の作ってくれよ」と言い
制作して持っていくと、、「おお~いいねこいつは」
使いやすいと言ってくれた時はとてもうれしかった。
悲しい、、もう褒めてくれる人がいないから。
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ここに謹んで貴兄貴のご冥福をお祈り申し上げます